先日、起業家の仲間9名で、宮城県の南三陸と石巻を訪問した。震災があってからこの地域を訪れるのは、初めてのことである。
南三陸では、最後まで女性が避難のよびかけをしていた防災センターも見てきたが、そこにはゆがんだ鉄骨が残るのみ。たくさんの花が手向けられていた。防災センター跡の周りは本当に何もなく、ただただ土地だけが広がり、後は病院の残骸、積み上げられた瓦礫の山があるのみ。
南三陸もそうだが、石巻も地盤沈下がはげしく、かつては宅地だったと思われるところが水が引かず湿地になっているようなところも散見された。
心から哀悼の意を表したい。
そして、大自然の前にはどんな文明であってもちっぽけな存在であり、無常なるものである、と再認識させられた。
ただ、南三陸と石巻では明らかに異なる点があった。
南三陸では、新しく家が建てられているものは一軒もなかったが、石巻ではちらほらと見受けられたこと。町の大きさ=経済規模の違いによる復興力の差だろうか。
現地の方々からお話も聞くことができた。色々なメディアからの情報も割と入手している方だと思う。そして、また聞きで知人から色々と話は聞いていたのだが、まだまだ想像を絶するような話がいくつもあった。直接お話を聞けたから故の、生々しいお話だった。
その後、9名で色々と振りかえりを行った。
まず、普段何気なく過ぎ去っているところにこそ幸せがあるのだ、ということが再確認できた。現地の方々いわく、津波で家が流されたか、無事だったかで、その後の被災地での生活が雲泥の差だったとのこと。「帰るべき家がある」という幸せを感じなければならないと思った。
そして、起業家としては、義援金を送るのみで、何も出来なかった。
直接「衣食住」に関連したサービスを提供している企業、例えば食品メーカーであれば、被災地に送るだけで支援に直結する。しかし、我々が提供するXMLデータベースや周辺サービスなどは、直接的には何の役にも立たない。
では、サイバーテックが今後食品メーカーを目指すのか、というと、そうではない。もうひとつの軸・・・それは、社会貢献できるだけのインパクトやスケールがある会社であるかどうか、ということ。
企業としての体力が無ければ、「衣食住」に関連した事業をやっていても、貢献度は微々たるものである。たとえ食品メーカーであっても、無尽蔵に被災地に送り続ければ会社は赤字となり倒産するので、現実的に可能な貢献量が必ず存在する。大きな事業体であれば当然のことながら貢献量は大きくなる。
サイバーテックが掲げる「ITによる社会貢献」とはまさにそういう事で、よく新卒向け会社説明会で毎年話をしているメッセージでもある。つまり、私はITによる局所的な貢献をしたいがためにサイバーテックを経営しているわけではなく、社会貢献、つまり大きな範囲でインパクトを与えることが出来る会社にしたい、という願いを絶えずもちながら経営をしている。社名の「サイバーテック」にも、そういった願いがこめられている。
そして2泊3日の宮城県への旅が終わった。
東京に戻り、翌日早速朝礼で話をした。一通り話し終えてから、私自身、経営者として・起業家として、改めて自分のミッションについて再確認が出来ただけではなく、人として少しだけ皮がムケた感がした。